指揮者の岩城さんが14日に亡くなられた。 朝刊でその見出しを見て、自分の目をを疑った。 まだそれほどご高齢でもないはずなのに・・・。
岩城さんと一番最初にお会いしたのが高校生の時だった。出身の高校の創立50周年記念かなにかの行事の一環で、その時習っていた音楽の先生が偶然にも岩城さんの幼なじみだったのだ。
岩城さんは戦時中、岐阜県の東濃地方に疎開されていて、たしかそこの中学に通われていたとか・・・(記憶が定かではない) 私の音楽の先生は岩城さんと同級生か、近い年だったらしく、一緒に勉強し、遊んだという話をされていた。
そんなご縁で、高校の周年行事にお忙しい中を縫って駆けつけてくださったのだった。
その時何を聞いたのか、全く覚えていないが、温厚な方という印象が強く残っていた。 私の人生の中で初の「知り合いの(このときは学校の先生の友人として)指揮者」だった。大学に入ってからも名フィルの演奏会で客演指揮をされるときは聴きにいったものだった。
岩城さんの著書は夫が好きで、何冊か家にあり、暇なときはページをめくっていた。さすが岩城さん、音楽もすばらしいが、文章もすばらしい。生き生きと書かれた文章を読んで、すぐそこにいつも岩城さんがいらっしゃるように感じていた。
いつまでもお元気で・・・と思っていたのに。
岩城さんといえば思い出すのが山本直純さん
数年前に他界されたけれど、それまでNHK-FMの日曜日のプログラムの「シンフォニーコンサート(名前がうろ覚え。すみません)」の司会がとても好きだった。まず、曲の紹介、スタジオにピアノを持ち込んでモチーフをポロポロ〜ンと弾かれて、その後の展開部、変奏部などもすべてピアノで弾いて紹介してくださった。即興で弾かれていたのだと思っていたけれど、とにかく語りも好き、弾かれるピアノもぶっきらぼうだけどどこか温かくて好きだった。
山本直純さんの訃報に接したときに、最初に思い出したのが岩城さんだった。
いいお友達でいらっしゃったから・・・さぞ悲しみが深いことだろうと。
そして、今、向こうの世界で岩城さんは直純さんと再会できたことでしょう。
人の訃報に接するたびに人生って何だろうと深く考えてしまう。
自分が死に直面したら・・と思うととても恐ろしいことのように思えてしまう。
でも、生の延長上にある死、本当は死は恐ろしいものでもなんでもないのかもしれない。
モーツァルトのレクイエムを聴きながらそんなことをとりとめもなく考える・・・。
そして今、もう1人の友人の訃報に接しました。
一つ年下のかわいい子だった。 大きなコントラバスを自在に操って
みんなを驚かせてくれた。会えば必ず話をした。最近のこと、自分のこと。
でも何もしてあげられなかった。
こんなにも早く逝ってしまうとは。
お二人のご冥福を祈ります。